ドルオタちょあよ

ドルオタ美大生のちょあちょあ日記

芸術と猥褻の境界線を探して


 

 

 

 

みんなが楽しめるブログ・ツイッターを運営したいのに、ここ最近は京都造形芸術大学のトラブルが気になってしまって、ツイッターではついついそれ関連のツイートに反応してしまう。フォロワーの方には申し訳ない。

 

  

私は京都造形芸術大学の姉妹校である美大に通っているので、京造の先生が私の大学にはよく来るし、京造がどういう大学なのかも多少は知っています。日本の美大の中では5美大の権力が圧倒的に強い中、最近面白そうな取り組みをたくさんしていて、年々注目度が増している京造は、地方美大の星だと個人的には思っていたり。

 

そのせいかサンチャイルドの件といい、今回の環境型セクハラ訴訟といい、美大の肩身が狭くなりそうなニュースを見ると、芸術家とそうでない人の間に、どうしても埋められない溝を感じてしまい、勝手にドッと疲れてしまうんですよね。

  

だからこれ以上このニュースを引きずらないためにも、書く。読者やフォロワーの方には申し訳ないですが…

 

 

 

率直に言うと、私は大原さんの主張には否定的です。

 

大原さんがいう「環境型セクハラ」に値する作品や話は、授業に必要なものだったと思うからです。 

 

   

 

最初はただの当たり屋・売名だと思っていた

 

ネット上では大原さんに対して当たり屋・売名ではないかと言う意見が多くあげられています。私も最初はそう思っていました。

 

「大原直美」で検索するとモデル活動の様子がチラホラヒットするんですよね。でも大原さん、年齢も若くはないし、大きな仕事をしている様子でもない。

 

「全然仕事がこない…せや!訴訟して顔出しすれば『美人すぎる美術モデル』って話題になるやん!慰謝料ももらえて同情もされて、仕事も増えてサイコーやんけぇ!」

 

めちゃくちゃ失礼だけど、こういうことを考えたんじゃないのかな、と。

 

だって不自然ですよ。美術モデル経験者で、通信とはいえ美大の卒業生なんでしょう?それで会田誠鷹野隆大の作風やヌード作品を知らないって変でしょ。

 

それに公開講座とはいえ大学の授業なんだから、授業前にシラバス読めよ、先生のことぐらい調べておけよ、つーか授業途中で退席できるだろ!って思っちゃって。ついイライラと…

 

私もかなりのダメ美大生なので、退屈な授業はボンヤリしてしまうし、成績もあんまり良くない。

 

でもそんな私でも会田誠は知っているし、彼がどんなにぶっ飛んだ作品を作っているかぐらいは知っています。

 

会田さんを知らなかったとしても、世の中にはこういう過激な表現をする作家なんてたくさんいるし、大原さんは一度ぐらい、こういう作品を見たことなかったの?って思ってしまうんです。だとしたら今まで見てきた芸術の幅が狭すぎる。

 

大原さんには不自然なところがあまりに多すぎるので、所詮BBAの当てこすりだと呆れていたんです。

 

   

 

大原さんがショックを受けた作品は、ヌード芸術を語る上で欠かせなかった

 

でも今は当たり屋・売名説の方がまだマシだなと思っています。

 

大原さん、もしかしたら本当に美術モデルとしての正義感を持ってして訴訟に挑んだのかもしれない。だとしたら…うーん、ちょっと残念な人だな、と思ってしまう。

 

ゴキブリとセッ●ス、先生のオ●ニーを見せられた、モデルをオカズに●いたなど、刺激的な言葉を選び、第三者の同情を煽って自分に有利になるよう働きかける大原さんのやり方はちょっとズルいとも思う。芸術論になってしまうので先生のことではなく、あくまでも大学の措置を訴えるというのも謎だし、いやいや、どー見てもこの裁判では芸術の話は避けられないでしょ!そこもやっぱりズルいなーと。

 

まぁ弁護士にこうしたら裁判で有利になるんじゃない?って提案されたことを素直にやってるだけだろうし、大原さんの主張に嘘はないだろうけども…

 

でもそこだけを汲み取って大原さんに同情する人が意外と多くて、そういう人たちにはちょっと待った、と言いたくなるんですよ。それは大原さんがヌード芸術の表面的なところしか見ていないだけで。第三者の皆さんには、刺激的な言葉に惑わされないでほしい。

 

 

大原さんがショックを受けた作品の一つ、鷹野さんのヌード写真作品は私も見たことがあります。鷹野さんの授業を大学で受けたことがあるので。私は大原さんと違って図太い作りなので、ショックを受けることはなかったです。

 

その授業では、愛知県美術館での話をされました。確か愛知県美術館の展示では、キチンと注意書きを出し、展示場所を分け、ヌード作品は見たい人だけが見れるようにしたにもかかわらず、通報されたんだっけ。警察からは「この作品を自分の娘にはとても見せられない」と言われた、とか。

  

yumiko chiba associates » 愛知県美術館における鷹野隆大の作品展示について

 

いや、美術館の展示物の判断基準がオメーの娘ってどういうことだよ、そんな幼稚なレベルのものを求めて美術館なんて誰も来ねぇよ!とその警察には呆れてしまいますが、この話はヌード芸術を語る上では欠かせないと思うんですよね。

 

ヌード芸術って昔と比べるとかなり厳しくなっているじゃないですか。昔と違って児ポルとかあるし。時代とともに規制が厳しくなっていて、どんどん芸術表現の幅が狭くなっている。表現の自由がどんどん奪われていく。

  

大原さんの受けた講座では、こういう話をするためにこの作品を持ち出したんじゃないのかな、重要な資料として。私はこの公開講座を受けてはいないので、どういう内容の授業だったかはわかりませんが、先生方はキチンと目的を持って作品を見せたり話をしたと思います。

 

大原さんはそのへんを理解する前に、ショックを受けたことに目が向いて、怒りや悲しみの感情に任せてしまったのではないのかなと。

 

 

 

このニュースで大学を批判している人たちは、芸術を免罪符に人を傷つけるなんておかしい、と考えているのではないでしょうか?おい、芸術だからってなんでも許されるわけじゃないぞ、と。

 

でもその一方で美大では平気でヌードデッサンが行われているし、ダビデ像みたいな性器丸見えの有名作品はたくさんあります。血が出てたり、人が殺されたり、人が食われたり、そういう過激な表現でも、ちゃんと芸術として評価されている作品はたくさんあります。

 

何が違うんでしょうね。ヌードでグロくても芸術になるものと、そうでないものは。  

 

   

 

 芸術と卑猥、何が違う?

 

大原さんはもったいないことをしたな、と思います。

 

大原さんが会田さんらの作品に嫌悪感を持ったことは、芸術と猥褻の違いを考えるきっかけになったと思うからです。

 

会田さんの作品を見てショックを受けた、怒りを感じた、気持ち悪いと思ったなら、それはチャンスだったのではないか。

 

何が芸術たらしめ、何が卑猥たらしめるのか。ヌード芸術と猥褻物の境目はどこにあるのか。

 

何で会田さんの作品に猥褻だと感じたんだろう?この作品の何がそう感じさせるんだろう?と。この講義は、芸術と猥褻の境界を模索し続けている有名な作家たちから学ぶ、絶好の機会じゃないですか。

 

芸術の真髄に迫れる貴重な機会を、大原さんは無駄にしちゃったんだと、すごくもったいないと感じます。自らの感情の理由を探らずに、猥褻だ、最低だ、で済ませちゃったんだなぁ。芸術が好きでこの講座に参加したはずなのに。

 

この方は芸術を豊かさや教養の象徴としか思っていなかったのかもしれない。

 

大学側も、わざわざ有料の講座で美術を学ぶような意識が高い人、かつ自校の卒業生なんだから、そんな初歩的なところで挫かれると思っていなかったんでしょう。え?大学出てるのにそんなことでダメージ受けてるの?と。大学で何を学んでいたんだ?と。

 

だからって大学側も対応が粗雑すぎる気がしますが…同窓会にも出ちゃダメ、大学には金輪際かかわるな、ではやりすぎなんじゃないかな。大学側はこの授業ではこの資料やこの話が必要なものであったことを、キチンと大原さんに説明しないと。

 

そうでないと芸術界が誤解されてしまいますよねぇ…芸術はわかる人にはわかる、わからない人にはわからない、わからないなら近寄らないで!って言ってるようなものじゃないですか?すごく感じ悪いです。

 

…んーでもやっぱ大原さん、美大卒でこのナイーブさと無知さはやっぱり謎なんですよねぇ…

 

さすがに大学もここまで面倒見切れないよ、と投げやりになってシャットアウトしちゃったんでしょうか。まぁ確かに厄介なクレーマーだと思ってしまうのも仕方ないかも。

 

もし私が京造の学生だったら、こんなレベルの低いことで喚いている人が卒業生だと思いたくないし、貴重な学費を大原さんにぜっっっっったいに使われたくないです。私立美大の学費ってとんでもない金額なんだぞ!

 

大原さんは一体何を期待して、この講座に参加したんだろう。

 

この問題がどのような結果になるのかとても気になります。

 

 

 

以上!!!

 

もしよかったらコメントお待ちしております〜(異論はもちろん受け付ける)